数学や物理学の用語は、英語を日本語に訳したものが充てられるせいで、初学者を戸惑わせる紛らわしい用語があったりする。
本記事は私が主観的に思うトップ(ワースト?)5を挙げてみる。
第5位 ローレンツ変換とローレンスゲージ
電磁気学や特に特殊相対論でおなじみの座標変換であるローレンツ変換は、電磁気のローレンツ力のローレンツさんの名前が由来である。
しかし、電磁場ポテンシャルのローレンス条件のLorenzさんは、ローレンツ変換のLorentzさんとは別人なのだ。(綴りもtの有無しか違わない)
これは理論を学ぶ上での誤解要素はあまりないが、知ったらビックリな事実である。
それを知って注意深く本などを読み直してみるとローレン「ス」ゲージとちゃんと別のカタカナを充てている記述がありいままで気づかずにいた自分にビックリというケースがある(例:私)。
第4位 全微分と完全微分
全微分と完全微分は同じ概念である。英語でも、total differentialとexact differentialという2つの言葉が同じ意味を指すのに使われるので、これはむしろもともと英語でも紛らわしい用語をそのまま訳して紛らわしさがそのまま輸入されているケースである。
常微分と偏微分を学んだあと、全微分を学ぶとdx/dtではなく単にdxと書いたりして、「dxをdtで割ると~」とか平気で書いてあるのに、他所では「dx/dtは割り算記号じゃないから簡単に割ったりしてはいけない」と書いてあったり、初学者の引っ掛かり度は抜群にある。
全微分をちゃんとwell-definedな定式化を理解するには多様体論を学ぶのが最短だと個人的には思うのだが、とくに情報工学系では多様体論がカリキュラムに入ってないことが多い。
私は全微分の「ちゃんとした数学らしさ」を納得でないまま社会人になって、趣味で独学で多様体論を学んだときに初めて「そういうことだったのか!」と理解したのだった。
第3位 群と加群
この用語の紛らわしさは軽微だ。なぜなら、加群は特別な群だからだ。なので変な誤解を招くほどではない。
それでも英語では群はgroup, 加群はmoduleであり、群論と加群の理論はまるで数学の別分野かと思ってしまうくらい、それぞれに豊富な内容がある。
加群を「特別な性質を持った群」だと思って掛かるとそれなりに痛い目に合う。
群の基礎を学んでなくても加群を学ぶことはきっと出来るが、線形代数を学ばずに加群を学んだらめっちゃ苦労する。
第2位 多様体と代数多様体
多様体は英語でmanifold, 代数多様体はvarietyである。たしかに代数多様体は特別な種類の多様体だとみなすことは出来なくはないが、群と加群の違いと同様、この両者それぞれの上で展開される数学の理論はかなり異なる。
「代数多様体を学ぶ準備として多様体論を学ぶ」のは、「加群を学ぶ準備として群論の基礎を学ぶ」よりもはるかに意味が薄い。
第1位 エントロピーとエンタルピー
これはどちらも熱力学という分野の用語でしかも音韻的に似てて紛らわしい。しかも情報工学科で熱力学を学ぶ前に情報理論を教わっていたりするので、エントロピーはなんとなく分かるけどエンタルピーは全くわかないという事態に陥りかねない(例:私)。
情報理論のエントロピーは熱力学よりも統計力学のエントロピーと一緒に学ぶと良いと思われるが、情報工学科では熱力学は教えるのに統計力学は教えなかったりするからまた厄介である。
「熱力学関数」と「示強性変数と示量性変数の双対性」という熱力学の概念をまず教えて、「熱力学関数はエネルギーの単位を持つ状態量である」「エンタルピーは内部エネルギーとは異なるユースケースを持つもう一つの熱力学関数である」、「圧力と体積は示強性と示量性の双対関係にある」、「示強性変数と示量性変数を掛け算するとエネルギーになる」、「エントロピーは温度を示強性変数と見たときの双対な示量性変数である」と教えれば、情報工学徒でも一発で理解できるはずなのに…
というわけで
最近は新しい用語に出合ったらなるべくすぐに英語でそれを何というのか調べるようになりました。