テスラの技術的な独自性を2つ挙げてみる

イーロン・マスク率いる新興かつ既に巨大な自動車メーカー、テスラ。

 

自動運転やEVという表面上の「違い」は繰り返しメディアで目にしますが、もっと根本的な技術アプローチの違いがあるようなので説明してみます。

 

超絶単純な設計の独自SoCを搭載した統合型ECU

「独自のチップを作るのは凄くお金がかかる」のは多くの人が知っていることでしょう。しかし、それにもレベルがあります。インテルのようにデジタル論理回路のレベルから独自に設計して製造までやるとなると、それこそ1設計あたり100億円を超えるお金が必要です。

 

そうでないにしても、IPコア(と呼ばれる回路知財)を組み合わせて一部の回路を独自設計することで独自のチップを作る場合、数億円〜10億〜30億円くらいかかります。

 

さらに安い方法として、SoCという方法があります。これは、プロセッサや周辺回路といった割とマクロな機能を一つのチップに集約させるだけの設計の場合です。この場合は1〜3億円くらいでしょうか。

 

テスラが採っているのは3番め寄りの2番めのアプローチです。自動運転のソフトウェア開発としてはNVIDIAインテルの提供するプラットフォームを使っているのでしょうが、量産車に載せるコンピュータとしては、作ったソフトウェアで使う機能だけしかハードウェアとして搭載していない超絶単純なSoCを独自に設計して製造しているわけです。

 

さらに、トヨタを始めとする既存の自動車メーカーはアクセルやブレーキや方向指示器やエンジン制御やワイパーや窓の開閉といった色々な装置毎にECU(電子制御ユニット)と呼ばれるコンピュータを付けて、それらを車の中でデジタル通信する設計で作られていますが、テスラは異なる設計を採用しています。

 

それは、可能な限りECUを中央の「統合ECU」にまとめるという設計です。こうすることで、ハードウェアの設計をとてもシンプルに出来ますが、その分ソフトウェアは少しだけ複雑になるでしょう。しかし自動運転(ADAS)や他の車との通信(CASE)も含めたソフトウェアシステム全体を考えると、統合ECUにしておいたほうがシンプルになることは明らかです。

 

テスラ以外のメーカーは、SoCを独自開発したりせず、「自動車用AIチップ」を半導体メーカーから買う方針で開発しており、また統合ECU化は自動車部品の種類ごとに受け持つ部品メーカーが異なっていたりして実現のハードルが高かったりしています。

 

個々の部品ごとのECUに搭載されるコンピュータはマイコンと呼ばれるコンピュータとしての性能はしょぼいがその部品の機能を満たすには必要十分ということでコストをおさえています。なので統合ECUにするとテスラのように独自にSoCを作ったりしない限りECUをまとめたことでコストがかえって上がってしまう可能性も高いのです。

 

極秘の蓄電池制御ファームウェア

EV用の蓄電池でもっとも重要なのは、航続距離であり、電池の言葉で言えばそれはエネルギー密度です。単位体積・重量あたりに蓄えられる電力量です。

  

それが第一の機能要件で、第二の機能要件は、「寿命」つまり可能な充放電回数です。蓄電池をどれだけ「長持ち」させられるかは車のオーナーにかかるメンテナンスコストに直結するので、これもEVの価格競争力の重要な源泉です。

 

それで、テスラはその第一の要件はハードウェアによって、そして第二の要件はソフトウェアによって実現するというアプローチを徹底しています。

 

例えば、蓄電池を一つのデバイスとしてみたとき、充放電の管理をどの単位で行うか、つまりセル1個毎に制御装置をつけるのかセルを複数個まとめたものを制御するのか、といった設計上の自由度がありますが、テスラの技術的な思想は「可能な限りソフトウェアで実現する」というものなので、多くのセルを一つの制御装置で扱うという設計になっています。

 

そうすると、セルには個体差がありますから、寿命の短いセルや、電気化学的な特性の異なるセルなど、様々なセルをまとめて制御できなければなりません。これは非常に複雑なソフトウェアになります。

 

しかし、ソフトウェアというのは簡単に差し替えが効くので、ソフトウェアを改良すればするほど、車の性能が良くなっていくわけです。蓄電池のファームウェアをアップデートするだけで、寿命が伸びたりするわけです。

 

また、セルを交換するときに、制御装置を捨てなくても良くなります。セルと制御装置が一体化したモジュールごと交換するとなると、制御装置のぶんコストが無駄になりますが、たくさんのセルを一つの制御装置で取り扱うため、セルだけ取り替えればいいのでこれもランニングコストに好く影響します。

 

こういうアプローチはIT系のエンジニアだったら当たり前じゃないかと感じことでしょう。しかし、自動車における車載コンピュータや電池の制御ファームウェアといった組み込みソフトウェアの世界ではこれは「これまでのやり方と異なる破壊的なアプローチ」なのです。

 

きっと、究極的にはそのセルの制御でさえ上述の統合ECUで行う設計になってしまうのではないかとも思います。

 

テスラ以外の自動車メーカーは?

そういうわけで、テスラは車のIT化という点において、他の自動車の遥か先を行ってしまっています。

 

そして改良のスピードも凄まじく速いです。なぜなら、可能な限り機能をソフトウェアとして実現するアプローチなのでPDCAを超高速に回せるのですから。

 

本エントリでは2点挙げましたが、他にもたくさんあるのでしょう。

これ、マジでテスラ以外の自動車メーカーって生き残れるんでしょうか…??