父のカセットテープ

高校生になった頃から、僕は父のことが嫌いになった。理由なんてない。いわゆる反抗期というやつだ。

 

父もそれを分かっていたのか、高校生の時以降、僕を避けるようになった。何か僕に言いたいことがあるときは必ず母の口を通して伝言してくるのだった。そんな父の姿勢が臆病な男にみえてますます嫌いになっていった。それからずっと、深いコミュニケーションを一度もしないまま父は他界してしまった。

 

父のガンが発覚した時はもう手遅れだったし、ちょうどその時は僕は自分の人生がうまくいってなくて余裕がないときだったので、親孝行なんて考えは微塵も浮かばなかった。

 

小さい頃は父はいろんなところへ連れて行ってくれた。遊園地もいったし、釣りもしたし、スキーも教わった。中学生になって僕がパソコンに興味を持ち始めたときに、東京の地理が何もわからない僕を秋葉原へ初めて連れてってくれたのも父だった。

 

そうした父との思い出は色々あるけれど、僕のなかで一番強い印象に残っているのは、一本のカセットテープだ。

 

父は自動車ディーラーで整備士の仕事をしていたので、平日も休日もどこへ行くにも足はもっぱら車だった。いまはいつでもどこでもスマホで音楽が聴けるけど、僕が小さい頃は運転中のBGMはカセットテープを掛けるのが普通だった。父の車にはかすれた紙ラベルのついたカセットテープが一本だけあって、父はその音楽をよく聴いていた。

 

父は家の中で音楽を聴くような趣味が特別あったわけではないから、そのテープは父が自分で買ったものなのかはわからない。紙のラベルに手書きで何かが書いてあったように思うので、知り合いからもらったものなのかもしれない。

 

いつからか僕自身もその音楽が気に入って、家族で出かけるときに父より先に車に乗り込むと、そのカセットテープをセットして音楽を一人で聴き始めることも多かった。でも中学生くらいの頃に、車を買い替えたからなのか、そのテープはどこかへ行ってしまった。

 

父が他界した後、そのテープのことを何度も思い出す。そして、その音楽をもう一度聴きたいと何度も思ってネットで何度も検索したのだけど、曲名を特定できなかった。カセットテープはオムニバス形式でいろんな曲が入っていたが、どれも素敵な曲ばかりで世界観も統一感を感じたので、どこかのミュージシャンのベスト盤だったのかもしれない。

 

父に色んな所へ連れて行ってもらった思い出は、父からしたら一番僕に覚えていて欲しいことだったかもしれない。でも父のことを嫌いなまま、もう会えなくなってしまったので、いまでも父と色んな所へ出かけた思い出に幸せを感じたりすることはない。それに、改めて父のいいところを見つけて好きになるチャンスももう無い。

 

だからこそカセットテープの思い出が強いのかもしれない。父のことを好きになるチャンスが、僕にはそのカセットテープの思い出にしか残されてないから。音楽の好みがすごく一致してたことが、なんだか今でもすごく嬉しいから。

 

最近僕はエレクトーンを習い始めてYouTubeで上手な奏者の動画を見ることが増えたのだけど、ちょうど今朝、気になって観た一つの動画で、あのカセットテープに入っていた曲が演奏されていた。聴き始めて、すぐに分かった。

 

それはポール・モーリアという作曲家のものらしい。それで、その作曲家の他の曲も色々聴いてみた。あのカセットテープに入っていた覚えのある曲が次々と見つかった。やはりあのテープはベスト盤だったようだ。

 

お盆になると、仏様はかつて現生で住んでたところに帰ってくるのだという。だからお盆は墓参りをせず、家で亡くなった人を偲んで供養をするのだという。僕はそんなに信心深いほうでもないから、そんな慣習的信仰はどうでも良いと思ってた。父の墓参りももう7,8年行ってない。

 

今日は予定してた用事があってこれから実家に帰るのだけど、そんなお盆の日の朝にずっと気になっていたカセットテープの音楽が何であったかが分かるなんて、なんだか父が教えに来てくれたような気がして、しばらく涙が止まらなかった。

 

本当に、僕を生み、育ててくれてありがとう。